インフルエンザについて

I. ウイルスの特徴

毎年のように国内では冬季に流行を繰り返すインフルエンザ、それは必然的に起こります。なぜならば、インフルエンザウイルスが、表面蛋白抗原決定基の点突然変異が起こりやすく、アミノ酸変異が蓄積し、毎年のように連続変異を起こすからです。インフルエンザウイルスはオルソミクソウイルス科に属するRNAのウイルスで、RNAは8分節に分かれています。核蛋白質(NP)およびマトリックス蛋白質(M1)の抗原性の違いから、A型、B型、C型の3種類があります。C型は小児期に軽い感冒様症状を有する程度で罹患し、その後、抗体保有率は成人になっても高いままで維持されます。【図1】に示すように、ウイルスは脂質二縦層からなるエンベロープ膜を有しており、表面糖蛋白質として、ヘマグルチニン(HA:赤血球凝集素)とノイラミニダーゼ(NA)が突出しています。

図1 インフルエンザウィルスの構造

A型の場合、ヘマグルチニンには16種類、ノイラミニダーゼには9種類の亜型が存在しており、両者の組み合わせでも144種類の亜型が存在することになります。それだけ変異株が多く存在していることになります。ただし、ヒトの間において広く流行した歴史があるのは、HA亜型のH1、H2、H3とNA亜型N1、N2の組み合わせです。

B型には亜型がなく、不連続変異は起こりません。HA蛋白の抗原性の違いから、山形系とビクトリア系統の2つに分類され、両系統の間で表面蛋白と内部蛋白をコードする遺伝子が再集合を行いながら、両系統が同時に流行しています。

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II. インフルエンザの症状

潜伏期は1から3日と短く、型による差はありません。症状としての発熱は、発症後急激に上昇する特徴があり、最高体温では38℃から39℃に達することが多いです。ただし、感染者の約3分の1は38℃以下で、熱の程度においてのみ鑑別することは不可能です。有熱期間としては抗インフルエンザウイルス薬を投与せず、自然経過で追った場合は、3から4日継続します。また、より高熱をきたす乳幼児においては二峰性の熱型を示すこともあり、注意が必要です。

その他の症状としては、倦怠感、関節痛、腰痛、筋肉痛、頭痛などがあげられます。高齢者においては発熱を認めていないが、家族から「なんとなくいつもより元気がない。」「急に食べる食事量が減った。」という訴えが、診断の糸口になることも多いので気をつけなければいけません。高齢者は、季節性インフルエンザにおいて、肺炎の合併頻度も高くなることが知られています。その他の症状として、鼻汁、鼻閉、くしゃみ、咽頭痛、咳、痰などがあります。鼻汁や咽頭痛は高齢者では目立たず、小児では頚部リンパ節の腫脹、圧痛を示すことも多いです。咳は初期には乾性咳嗽であり、経過が長引くと湿性咳嗽に変化します。

消化器症状として、食欲不振、悪心、嘔吐、下痢などが認められ、その頻度は流行年度において差があります。

以上のように多彩な症状を呈し、かぜ症候群の中に包括されてはいるものの、毎年の流行、中には重症化することも多く、社会に及ぼす影響度は普通感冒の原因ウイルスであるライノウイルスやコロナウイルスとは比較になりません。従って、その他のウイルス感染との鑑別は重要で、多彩な症状の中からポイントを見いだすことが有用です。Montoらは、インフルエンザの特徴として、咳および37.8℃以上の発熱が鑑別に有効であると報告しています。さらにCall SAらは、流行期に60歳以上の高齢者において、発熱と咳と急激な発症が揃えば、その陽性尤度比は5.4と高く、診断の大きな手掛かりになると報告しています。すなわち、普通感冒のような前駆症状としての鼻汁、のどの痛みなどがなく、突然でる高熱とその後に続く乾燥性咳嗽は診断の有力な手掛かりと言えます。

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III. インフルエンザの診断

図2 インフルエンザ診断の流れ

迅速診断キットがその場でできる検査として開発されてから、臨床の現場においては汎用され、診断までの手順は変わってきました。ただし、2009年の新型インフルエンザの流行時の教訓として、春からの流行の開始、季節性インフルエンザとの鑑別の必要性、また迅速診断キットの感度への懸念なども相俟って、インフルエンザの診断について再度考え直す機会を与えてくれました。【図2】に示すように患者の生活環境での流行状況を把握しつつ、症状をしっかりと聞き出し、診察を行ったうえで、迅速診断キットの結果と合わせて総合的に判断することが重要です。

1.迅速診断キット

ウイルスの系統の変化や亜型などの変異株に対しても、反応性が維持できるように核蛋白質モノクロナール抗体が用いられています。ほとんどが測定原理として、イムノクロマトグラフィー法が使われ、A型とB型に対する抗体が別々に反応し、結果判定までの時間も8から15分程度で目視判定が可能です。反応の確認法として着色粒子(金コロイド、ラテックスなど)と酵素法を用いたものがあり、着色粒子を利用したキットの方が反応時間は短く、酵素法の場合は反応を増幅するため、時間はかかるものの感度は良い傾向があります。検査キット内にあらかじめ抗体が塗布してあり、そこに鼻腔などから採取した検体を処理後に流すことで、抗体とウイルス抗原が結合します。さらに標識抗体と言われている着色粒子が付いた抗体で結合させて、ウイルス抗原を両側からサンドイッチのように挟んで捉えます。当院では「富士ドライケム IMMUNO AG カートリッジ Flu AB」を用いて検査を行っています。このキットの特徴は着色粒子である金を触媒として還元剤を用いることで、標識抗体結合部位に特異的に直径100倍以上の銀粒子を生成させ視覚的に捉えやすくしています。さらに視覚的には判定しづらい弱陽性の反応も機械を用いて客観的に判定できることで、現在最も高感度な迅速キット検査として知られています。(参考:かがやきニュース2015年12月21日 インフルエンザ、早期診断・早期治療が重要!

また、検体採取部位ですが、一般的に鼻腔もしくは咽頭後壁から行われますが、前者は吸引液と拭い液が利用可能で、しかも鼻腔の方がより感度(80〜100%)は高いです。鼻腔からの拭い液の採取では、綿棒を顔面に対して垂直に耳道入口部を目指して、下鼻甲介に沿って挿入していきます。鼻腔に挿入する綿棒は細くて弾力性がありますので、鼻粘膜を強く障害することはありません。検査中は顔を動かさないでいてください。挿入後、しばらく静置し、回転擦過しながら綿棒を抜去します。感度をより上げるため、当院では検査の苦痛に耐えられる方には、両側の鼻腔から検体採取を行います。

さらに感度に大きく影響するのは罹患後からの採取時期です。従来の迅速診断キットの最小検出感度が、RT-PCR(1回法)の検出限界のウイルス量とほぼ等しい10³pfu/test(感染力価)は必要となります。ウイルス量が検出限界を上回る採取時期としては、発症後12時間(小児においては6時間)以上経過して、発症4日目までがそれに該当します。当院で用いている「富士ドライケム IMMUNO AG カートリッジ Flu AB」はより高感度であり、発症後数時間以内のウイルス量でも、8割強の感度があり、より早期の時点での診断が可能となっています。

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IV.インフルエンザの治療(参照:各薬剤の特徴一覧)

現在、日本で使用可能な抗インフルエンザウイルス薬として、M2阻害薬であるアマンタジン(シンメトレル®)とノイラミニダーゼ(NA)阻害薬である吸入薬であるザナミビル(リレンザ®)、オセルタミビル(タミフル®)、ラニナビル(イナビル®)さらには点滴注射薬であるペラミビル(ラピアクタ)があります。

アマンタジンはB型には元来効果がなく、A/H3N2型や新型であるA/H1N1に対しては100%耐性です。効果が期待できていたのは、従来の季節性A/H1N1です、この型のウイルスが2009年から流行を始めた新型のA/H1N1に置き換わったことを考えると、現況においては、臨床的に使用されることはありません。

最も汎用されているオセルタミビルについては、逆に季節性A/H1N1(従来のソ連型)ではアミノ酸の変異H274Yを獲得して、ほぼ100%耐性になっており、臨床的な効果の減弱も懸念されていました。しかし、新型のA/H1N1(pdm09)に対する耐性報告はほとんどありません。5歳以下では吸入薬を確実に吸い込むことが困難なため、小児用ドライシロップがあるオセルタミビル(1回2mg/kg)が広く使用されています。またザナミビルやラニナビルは吸入薬のため、全身臓器への移行は少なく、感染部位である上気道粘膜に高濃度に散布される利点はありますが、逆に気管支喘息や慢性の呼吸器疾患患者においては、気管支攣縮を誘発することがあり使用できないケースもあります。ただしB型インフルエンザに対する解熱効果はオセルタミビルよりすぐれています。また、ザナミビルが治療後のウイルス残存率では最も低いという報告があり、二次感染予防効果がより期待できる可能性があります。ザナミビル吸入に対するコンプライアンスが悪いと判断されるケースにおいては、オセルタミビルが使いやすいですが、オセルタミビルは腎排泄なので、腎機能障害患者においては投与量の調節が必要で、例えばクレアチニン・クリアランス(推定糸球体濾過率 eGRFRを用いることが多い)が10以上、かつ30未満の場合は1日1回投与、10未満の場合は十分なデータがなく、75mg 単回投与法の提唱もされています。

オセルタミビル内服後の異常行動が一時期問題となりましたが、オセルタミビルとの因果関係は証明されませんでした。オセルタミビル内服のみに限定されず、他の薬剤も使用の有無に限らず、特に10代におけるインフルエンザ罹患中は、ひとりにならないよう配慮することが必要です。
2018年3月「先駆け審査指定制度」に則り、バロキサビル マルボキシル(商品名ゾフルーザ)という新しい抗インフルエンザ薬がスピード承認されました。従来の抗インフルエンザ薬とは作用機序が違い、ウイルスが感染後の細胞内での増殖過程であるmRNA合成を阻害することでその増殖過程を阻害する働きがあります。従って感染後の内服開始時期に関係なく、病態の重症化を抑制する効果も期待したくなります。腎機能障害患者においても容量調整が必要ないことと、1回だけの内服でいいことは、この薬の利点です。
しかし、承認されるやいなや2019年の流行では多くの患者さんに使われてしまい、臨床試験でも問題視されていた標的部位のアミノ酸変異が、臨床において明らかな問題点を残しました。2019年7月時点の国立感染症研究所によるサーベイランス報告において、無作為抽出検体での耐性率が香港型H3N2に対して9.4%, H1N1pdmでは1.5%認められました。また4月の日本感染症学会総会においても塩野義製薬と新潟大学による小児での耐性率報告では人数が少ないものの香港型H3N2では33.3%, H1N1pdmでは37.5%に耐性ウイルスが検出されています。そして耐性ウイルスが人から人への感染力を持ち、その結果耐性ウイルスに感染した場合には、有熱期間が延長することも報告されています。以上の経緯を踏まえて、将来的には重症例に関して従来のノイラミニダーゼ阻害剤との併用での臨床効果が期待されます。当院においては2018年〜2019年流行シーズン同様、原則、通常の季節性インフルエンザでの処方は行わない方針です。

ペラミビルは静脈注射薬で、通常1回投与で治療は完了できます。点滴注射のため、内服や吸入のできない重症患者に使いやすい薬剤で、肺炎の合併や入院加療が必要な病態に適しています。反面、投与時に医療機関に滞在する時間が長くなるため、院内感染防止の観点から、経口可能な外来患者さんには積極的に使うべきではありません。

各薬剤の特徴

補足:IC50 とは培養系でウイルスの増殖を50%抑制するために必要な薬剤濃度

これらの薬を用いて解熱までの平均時間は、20から30時間はかかります。そのため、発熱や頭痛への対象療法として、解熱鎮痛薬が併用されることがありますが、Reye症候群の引き金となることや脳炎・脳症の合併例の検討から、使用が必要な場合はアセトアミノフェン(アンヒバ®、カロナール®)を適宜用いることが推奨されます。また、漢方薬の麻黄湯においても解熱効果や抗ウイルス効果が認められています。また、アデノウイルスやライノウイルス等の感染に伴う普通感冒にも効果が期待されるため、病態や検査を総合的に判断して、インフルエンザウイルス以外の感染が否定できない場合は、使いやすいと言えます。ただし、エフェドリンが入っているので、慢性呼吸器疾患・心疾患・緑内障・前立腺肥大などがある方は避けた方が良いでしょう。
(参考:かがやきニュース 2019年1月 7日 インフル・風邪症候群に漢方の効果)

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V.合併症

インフルエンザの合併症のうち、その頻度からも最も重要なのが肺炎です。大きく分けるとウイルス性肺炎と二次性細菌性肺炎があり、中には両者の混合感染の病態もあります。高齢者とともに、慢性呼吸器疾患、糖尿病、慢性肝疾患などの基礎疾患を持つ場合は、特に注意が必要となります。神経系合併症も重要で、インフルエンザ脳症・脳炎、Reye症候群、ADEM(acute disseminated encephalomyelitis )、 脊髄炎、ギラン・バレー症候群などが知られています。さらに心筋炎や筋炎、横紋筋融解症の報告もあります。

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参考文献

1) Homma, M., Ohyama, S., Katagiri, S.:Age distribution of the antibody to type C influenza virus. Microbiol Immunol 26(7):639-642, 1982.

2) WHO:Cumulative Number of confirmed human cases of avian influenza A/(H5N1) reported to WHO, July 5, 2010. (http://www.who.int/csr/disease/avian_influenza/en/)

3) Monto, AS., Gravenstein,S., Elliott, M., et al : Clinical signs and symptoms predicting influenza infection. Arch Intern Med 160(21):3243-3247, 2000.

4) Call, SA., Vollenweider, MA., Hornung, CA., et al;Dose this patient have influenza? JAMA 293(8):987-997, 2005.

5) Kawai,N.,Ikematsu,H.,Iwaki,N.,et al:A comparison of the effectiveness of oseltamivir for the treatment of influenza A and influenza B:a Japanese multicenter study of the 2003-2004 and 2004-2005 influenza seasons. Clin Infect Dis 43:439-444,2006.

6) Nabeshima S. et al:A randomized, controlled trial comparing traditional herbal medicine and neuraminidase inhibitors in the treatment of seasonal influenza. J infect Chemother 18:529-533.2012

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